秋風に途切れなく揺れる蜂蜜の髪。

まるで私を誘うかのように、呼ぶように、ゆらゆらと魅了して視線を逸らさせない。

リゼンブールにだけ咲く秋百合の花の香があたりを包み込み、舞い落ちる木の葉の焦褐色と、赤や黄色に彩られた森の紅葉の木漏れ日の歌が一層彼の存在をきらきらと引き立たせる。



彼の姿がだんだんと此処から遠ざかってゆく。希望と悲しみを背負って背伸びしている背中はまだ幼い私たちには似合っていない。

東へ向いてまっすぐに伸びてゆく彼の影だけが未だ足元に取り残されている。



木漏れ日の奏       







エドが、生まれ育った家を、思い出の沢山詰まった家を焼いた旅立ちの日。






わたしはただ見ていただけ。何故か焼け崩れていくエドの家を見て涙が零れた。

後に待つ別れへの悲しみだけじゃなく、焼けていくエドの家を見て心まで焦げ付いて痛んだ。




「エドの髪、括ってもいい?」



エドは他人に、髪を含め、頭を触られるのを好いていない。

ちび扱いされてる気がして嫌だって本人は言っているけど、実は違うことを私は気づいていた。

トリシヤさん―お母さんに頭を撫でられてる時の感覚が忘れられないんだって、知ってる。

だから言ってみただけ。




「いいよ」



予想外の返事に静止して、変な声を上げる。


「へ?」

「やるならさっさとやってくれないか?」

椅子に座ってこちらに背を向けて振り返ってエドが言った。


「あ、はいはい」

近年、触ることの無かった彼の髪に触れ、手に取る。

さらりと掌に滑らかに滑る、細い蜂蜜色の髪。

櫛で梳かせば詰まることなくするりと真っ直ぐに通り抜ける。

まるで彼の心のように。



「なんでまた、人の髪なんかくくりたいんだ?」

「髪ってくくると気持ちも引き締まるでしょう?だから・・・」



ひとつ、ふたつ、みっつ・・・・。



ひとつひとつ編み目を丁寧に、彼の決心が緩まないように願いを込めて編んでいく。

今すぐに出したいのに、言えない気持ちも一緒に。





無事に帰ってきて欲しい。

「できた。だいぶ、不恰好になっちゃったけど・・・。・・・・」

別れの時刻が刻々と迫ってくる。なのに言葉が繋がらない。

「ありがとう・・・。・・・ごめんな・・・。」

「なんで謝ってるのよ」精一杯の笑顔で返す。

「・・・ありがとう」

後ろを向いているけど窓に映って見えたエドの表情―――――――――――。

そんなに切なげに優しく笑わないでよ。謝らないでよ。

辛くなるでしょうが。

明日にはもう会えなくなるのに。


毎日当たり前に続いていた日々にまもなく終止符を打つ。






いつもの顔でこっちを向いて立ち上がったエドが言う。

「リィ、此処に座って」



言われたままに座るとエドが背後に回った。


髪を…括っていると感覚で分かった。

背中にエドがいる。髪に触れる。空気を伝わってエドの熱を感じる

なんか恥ずかしくて体が火照る。


「なんであんたまで すんのよ」

「気持ちも引き締まるんだろ?」


「真似しないでよ」



差し迫る別れの時刻が怖くて、一緒に居る時間を・・・会話を・・・惜しみながらエドと過ごす。お互いの顔が見えないのに、一緒に居た時間が長かったから声色で表情が分かってしまう。けれどお互い冗談を言い合って他愛ない会話をする。途切れないように途切れないようにと。言いいたいのに言ってはいけない気がして、わたしの気持ちは言わないままだ。

落ち着いたゆっとりとした空間、なのに意思とは逆に時間は早く過ぎていく。

窓から入る風が冷たく頬を撫ぜる。



「よっしゃ出来た」

後ろに束ねられたわたしの髪が揺れる感触。

「どうも」


ボ ー ン ボ ー ン ・・・

奥の部屋にある古い振り子時計がおおきくゆっくりと音を家中に響かせた。

とうとう、別れの時がきた。


「じゃ、俺、そろそろ出るわ」
「うん、いってらっしゃい」

「・・・ああ」

エドは一瞬躊躇って、落とすように笑って言った。



『いってきます』

その言葉は絶対に出ない―そう、分かっていた。

彼は全部捨てていく意思をしたのだから・・・。

わたしもその中に居るのだから・・・。

エドの旅を止めることは出来なかった。



彼の姿が夕陽のように地平線に消えて見えなくなるにつれ、涙がとめどなく溢れ、その場に崩れ落ちた。

どうすることも私には出来なかった。



秋百合の花の香がやけに鼻について離れない。




悲惨な顔を冷やしながらふらふらと洗面所に洗いに行く。


ふと鏡を見上げてみると


「・・・髪飾り・・・。」

髪のゴムが生花の髪飾りになっていた。

真っ白で、向こう側が透けそうなくらいに薄い花びら。

秋のリゼンブールにしか咲かないほのかな香りの百合の花。

花言葉は『会いたい、会えない』

錬金術バカで他の事に興味の無いあいつが花言葉を知っているわけなんて無い。

それでも思わず涙がこぼれた。

手放したのは君、そう、たった一つだけ。

なのにこんなに心が痛むよ。   エド・・・・。

END

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