「ウィンリィさんってエドの何なの?エドにとって、ウィンリィは特別な人なの?」

そう言ったのは近所に住む女の子。



「え?」

突然のことにわたしは躊躇って、疑問符を投げかける。

「わたし、エドが好きなの」

絶句。突然真っ暗なフィルターがわたしの目の前に降りてきた。



考えたことが無かった。

今まで私にとって「当然」の存在のエドは、誰かの「特別」な存在なのだ。



―ウィンリィさんってエドの特別な人なの?−

一滴の墨が闇に溶け入るように、じんわりと頭の中に、渦巻いて広がっていく。



・・・・わたしは・・・。












ひ と か け ら 。











わたしは、たまたま彼と同じ世界、同じ村、同じ歳に生を享け、

たまたま違う性別に生まれた。

傍に居る条件が揃いすぎていた。



傍に居て、自分の成長と共にあった彼の、生い立ちを見てきた。

エドは、いつも闇の中の一点をまっすぐに見据えていて、前に進んでいる。足を無くした体で立ち向かう。

前に進むは彼自身の為でなく、誰かの為に。わたしでも無い、誰かの為に。

彼は、いつも自分だけを責めている。闇を見つめる瞳は焔の様に強い。けれど、どこか脆くて。突かれればすぐに陰りそうで・・・。



彼が抱える

悲しさ―

虚しさ―

哀しさ―





それを少しでも除けたらと、幼いころのわたしは誰かに切に願いたかった。けれどわたしにも生憎祈りたい神様はいない。父と母を亡くしたあの日から。

だから自分自身に刻み付けるように強く誓った、私が彼を支えると。

彼が誰かの為に在るならば、私が彼の為に在ろうと。




「技師」として、彼に再び立つための、前に進むための足を創った。

わたしが持つエドとの関係は「幼馴染」と「客と技師」。

そこに「特別」「恋愛」という要素は含まれない。

「幼馴染」なんて関係も、離れていれば直ぐに薄れるもの。「客と技師」それ以外の理由で、傍に居てもいい理由が見当たらない。過去は一緒にいる理由が在った。

けれど彼が旅立ってしまった今、続いていく「未来」に傍に居る理由は、無い。

自分が彼の「特別」に成り得る理由が無い。



私だけの一方的な想いで、彼の隣に居るのはただのエゴだ。














その夜、エドと駅まで砂利の一本道を一緒に歩いた。

アルは忘れ物と言って、後から来ることになった。







なぜ、一緒に居るのだろう。




彼が家を失くした今、私たちを繋ぐ関係は「客と技師」。




幼馴染といっても名ばかりで、彼とその弟のアルフォンスが闇の中を手探りで失くした「母」を求めていたころ、わたしは何も知らされなかった・・・。彼の行おうとしたこと・・・彼の気持ちに気づけなかった。

ずっと傍にいたのに。




罪悪感が心を濡らす。





秋の夜の、乾いた冷ややかな空気がわたしの肌を刺す。

満天の星空。今堪えている涙の数と同じくらいの数の星々。



この星々のように私たち人間も一人一人が輝いている。

誰がいつ、誰の輝きに心奪われてしまうのかなんて分からない。



星を見るのが今夜は辛かった。

それでも、小さいころエドとアルと3人で見上げた、このリゼンブールの

360度、地平線まで見える空が好きで、瞳を向ける。瞳に溜まる涙で光がぼやけて見えた




足元が暗くて何も見えない。

不安定。

怖い。








無意識に繋ごうとした手。

その手を引っ込める。


今はもう幼いころの二人じゃない。

震えたその手を自分の胸のところで握りしめた。

痛い。





それでも置いてかれないように、置いていかれないようにと足を前へ進める。

見えない足元から、石と砂の擦れる音が夜の中に何十にも響き渡る。












「星、丸見え。明日は晴れだなー」

エドが顔を上げながら言う。

「うん、そうね。  ほらほら!あの一番小さい星!豆星!あんたそっくり!」

「誰が豆粒ドチビかー!!!!!」





空に在る星を指差して、沈んでいるのがばれないようにわざと怒らせるような冗談を飛ばす。そうやってないとすぐに顔に出てしまうから。

私が悲しい顔をすると彼は戸惑うって知ってる。






「いいじゃない。綺麗よ、ちっこいなりに!」

って更に冗談を言ってみる。







でも、本当のことなんだよエド。小さくても、あの星はちゃんとはっきり闇の中で輝いてる。からかうように言ったけれど、ほんとにどんな大きな星よりも一番に綺麗だと・・・好きだと、わたしは思ったの。変かな。









「じゃあ、あのすぐ傍にあるぼやーっとした星、お前!」

そういって指した星は、豆星と言ったエドの星のすぐ傍に在り星。



柔らかくて、あたたかい光の星。

お互いが小さいけれど2つが近くにあり、その部分がこの広い空の中で際立って見える。

二つの星が互いを照らしあうように空に鮮やかに輝いていた。

















そのとき、傍に居てもいい理由を見つけたような気がした。

星の光が足元を照らした。









先刻から我慢して貯めていた涙が、溢れてゆっくりと頬を伝う。

今は悲しい涙じゃない涙に変わって。





明日もあさってもこの空はいつもあの二つの星を共に乗せて廻るのだろう。

どちらかの星の寿命が来るまで永遠に。見上げれば共に或る。

一緒に居る理由なんて考えなくていい。

一緒に居るのが「当然」。そして傍にいる彼が「特別」で。

当然と特別は相対するものじゃない。



過去も未来も君の傍に在りたい。あの星のように。

それがわたしの意思で、願いなんだ。



君の隣だから僕は輝ける。

これからもずっと。



「ね、エド、手つないでいい?」

君の隣で僕は。










END

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