まとまらないっす・・・;





特別・・・。







俺の中にそんな言葉のつく物は一つとして存在しない。
癒しの場を、安らぎの場を求めない。 俺は絶対に特別な存在など作らないと決めたんだ。
あの苦しみを・・・母さんが死んだ時の様な絶望感を
もう一度味わうのはもうごめんだ。
アルを元に戻したい。今の俺にあるのはそれだけなんだ。





だから心が焦げ付いたようにこの胸を締め付けているこの感情も・・・俺は
無意識に心の奥の奥にしまい込んだ。
組み立ててきた意思がガラガラと音を立てて崩れ落ちないように。




 待 避 線 






天井が見える・・・。





ここはどこだ。





体がダルくて思うように動かない。寝具などからベッド上であることは分かった。





そうかオレ、昨日倒れたのか・・・。

情けねえ。


アルにばれないように、心配させないように、平然を装っていたが、無理が逆に仇になってしまった。




まぶしい・・・。

ベッドに窓から橙色の夕陽が注ぐ。
窓の枠の四角い影がベッドを越して部屋の向こう側の壁まで
一直線に伸びている。頭が熱でぼっとする。


部屋の中に女性の姿が見えた。

朦朧とした頭で、そのひとの後ろ姿を見つめる。

「あら、起きたの」

夕日を細い髪に通して輝く長い髪がとても綺麗だ。
夕日の橙色のせいで、本来の色が分からない。
光を通すさらりと伸びた髪が夕日の風に靡いて輝いている。

それは、俺が今はもう無くしてしまった誰かを思わせた。




窓から見える夕陽と夏の葉、トントンぐつぐつと奏でられる夕飯を作る音、
洗濯物からおろしたての服の石鹸の香り。
すらりと伸びた白い指がするすると慣れた手つきで林檎の皮を剥いていく。



懐かしい空気が部屋中に溢れていた。
もう帰ることの無いあの幸せな日々。
今、この時だけ帰ってきたような気がした。


剥けて行く一本の林檎の皮がくるくると皿の上に整った螺旋を描き終えた。
そして細かく砕けた氷が、さらさらと小さく幾重にも煌めきながら、
摩り下ろした林檎の入った小鉢に落ちて行くのをぼんやりと見つめていた。


「エド、何か食べないと体に良くないわよ。ほら、口開けて」
言われるがまま、口を開けると、先ほどの林檎が口へ運ばれる。
それが、口の中でふわりと広がりながら甘く溶け、熱を冷やす。


「母さん・・・」
夢と現を行き交う虚ろな頭の中で懐かしい人のことを想い描きながら呟いた言葉。
放たれた言葉に、現の世界に居る女性は一瞬少し驚いた顔をして、
次に、彼女は少し切なげに優しく微笑んで俺の額の髪をさらりと撫でて 冷やしたタオルを乗せた。



「もう少し、寝てなさい」
一瞬、林檎を向いていたせいか甘い匂いのする、
少しひんやりとした手が柔らかく額を撫でたのが気持ちよくてまた眠りについた。


この愛しさはなんなんだ。



くすくすくすっ・・・。あははは
意識の遠くで誰かの笑い声が聞こえて、まだ熱っぽい頭で目が覚めた。
さっきのは夢だったのか・・・。曖昧な記憶を辿る。
起きようと、まだ少しだるい体をゆっくり起こすとポトリとぬるく湿ったタオルが膝に落ちる。

物事を考えるにはちょっとばかしであるが回復した頭であたりを見渡す。
ああ・・・宿か。
見たことのない部屋だけれど、宿というのは独特の雰囲気というものが在り、
どこの宿も宿泊のための同じような必要品しか置いていないのでそこが宿だと理解する。

ここにはアルしか居ないはずだし、アルが世話してくれていてくれたのだろう。
・・・・・。
何を期待していたんだ俺は。
馬鹿じゃないだろうか、目が覚めたら母さんが居るだなんて。
もう憧れても、焦がれても、戻ることなど、帰ることなど・・・。
足掻いてでも?んで離したくなかった大切なものは全て自分の手をすり抜けていったのだから。


「エド、起きたの?」

声が聞こえてドアのほうを見ると、先ほどの女性の服を着た・・・「ウィンリィ!?」


ウィンリィがエプロンで手を拭きながら部屋に入ってきた。



ウィンリィだったのか・・・。
安堵と残念さが心に残る

「熱、どう?」
「ああ、大分と意識もましになったからもう大丈夫だ。ってかお前なんでここに居るんだ?」
「アルが、エドが死んじゃうーって泣きそうになって電話してきたの。
あはは、馬鹿でしょ?医者呼んだらいいのに、慌ててうちの家に掛けてきたの。後でありがとうって言っときなさいよ」

「そっか。うん、ありがとう」
「それより、熱のほう下がった?」
そう言って手で額に触れる。
先刻の空気を帯びた手。やはりあの女性はウィンリィだったのだと確信しざるを得ない。




気持ちいい。



どうして闇に預けた俺の心をこんなにも穏やかに暖かくして乱す。



「まだちょっと熱っぽいわね。薬飲んで寝なさいよ。
この薬、わたしが処方したんだけど、速効性なの!
ぐっすり寝れて起きた時にはスッキリ!」

機械鎧技師で、医者の娘だけあってやたら薬のことに詳しい。
でも薬は苦いから嫌いだった。
母さんもよく「エド、UFOよ!!!」とか言って、俺が見上げて口を開けた隙に薬を放り込んだものだ。
母さんはひょうひょうとしていて人の扱い方がうまかった。


でも特にもうしんどいとか全然無いから大丈夫だと、そう言って起き上がろうとすると
まだ寝てなさいって言って体を押される。
それでも俺は平気だと言って抵抗する。ウィンリィは必死で俺をベッドの方向に押し、俺も負けじと押す。
「だーかーら!!!大丈夫だ・・・・・って・・・」
言ったときに俺の体の力が抜け、ウィンリィを押していた力を失って、俺を押していたウィンリィの力だけがベッドの方向にかかり、
ベッドに雪崩れ倒れた。

痛みの次に、体の上に乗っかっている、女性の柔らかな感触を感じる。
繊細なプラチナのブロンドが、さらりと目の前に垂れ下がる。




・・・・・・



この状況をどうすれば互いに分からず、無言の状態が続く。
体全体の熱が一気に上昇していくのが分かった。
顔から四肢の末梢までの運動神経は奪われ、感覚の神経だけが取り残されている。



「重いから退いて欲しいんだけど」
沈黙を破ったのは俺。


こういう状況は喧嘩した時と同じく、時が経てば経つほどに声をかけるのが気まずくなるものだ。
っていうか熱のある今の体じゃ理性がぶっとびそうだった・・・。
しかし我ながら本当に素直じゃない、気の利かない言葉をかけちまったと思う。




彼女の体がゆっくりと起き上がり、垂れていた髪が頬を撫でていった。
たまらない。熱のある男にこの状況は毒だろう。



彼女の顔は始終髪で隠れていたが一瞬見えた彼女の顔。
赤い気がした・・・




「重いは余計でしょうがっ!!!!」
その顔を確認すること無くすぐにスパナが額にクリーンヒットして
せっかく戻った意識がまたクラクラする。
ひどい女この上無い。


俺がぶつくさ拗ねてると
「エド!」
そう言った声に振り向いたら頭を引き寄せられて
唇に齧り付かれた。
「・・・んんっう」


水と固体が口から口を通りまだ熱い体の中心を勢いよく押し流れる。
「はっはーんどうだ!!!これで飲んだでしょ!」
してやったり というような顔で微笑む彼女。
「ばっ・・・おま・・・」
母さんよりも狡猾というか単純というかなんというか・・・。こっちは逆に熱がまた上昇する一方だ。


突然の出来事に驚いて慌てたのも束の間で、
即効性と銘打っていただけあり、薬が効いてきて意識が遠のいてそのまま眠りの世界へ。



朝、目覚めたらウィンリィは部屋に居なかった。
熱が冷めたのを確認して始発でリゼンブールに帰ったらしい。
一人分の温度を無くした部屋に寂寞感が残る。まだ少し彼女のあの香りを漂わせながら、
外はまだ日の出を迎えていない朝靄が町を包んでいる。



「兄さん、起きたの?おはよう。調子はどう?」
アルが俺の気配を感じてやってくる。


それより、だ。
「何が、兄さんが死んじゃうーだよ!馬鹿かお前!医者呼ばんかい!」
俺は根に持つタイプだ。



「えー。だって兄さん真っ青で。それに・・・」
「何だよ」
「兄さんは、お医者よりウィンリィに看病してもらったほうが早く良くなるかなって」
「ばばばばばっ馬鹿かおまえ!何であいつが出てくんだよ!!!別にあいつはそんなんじゃねえよ!!!」
「? 何の話?僕はウィンリィの方が兄さんの体のこと詳しいからって」


あ・・・・・・。え?




「・・・別になんでもねえ!!!」
「えーどうしたんだよー?」



嫌でも自覚せずに居られない。
馬鹿じゃねえの俺、意識しないようにしてることが結局意識してることになってる。
特別な存在なんて作らないと決めていたのに、
それでも彼女が居ると俺は心が温かくなって、彼女を取り巻く空気に惹かれていく。
母さんにもあったあの空気。



いとしい女性。



辛いとき優しさに包んでくれる、俺の愛しい故郷。



そう自分に素直に思ったら、視界が明るくなった。
安らかに落ち着ける場所。求めたわけじゃない、そう、昔から、此処に帰ると本能が感じていたんだ。
離すことは出来ない。
特別なものを「失った時」をただ考えて怯えるのでは無く、失いたくないなら守ればいい。
帰る場所を。暖かさを。光を・・・。帰る場所は昔からそこに在り続けていくのだから。
僕を待ち、見守りつづけてくれている。



「知るか!ほら、アル、旅の準備だ!」
「兄さんまだ病み上がりでしょ!もーまた無理するんだから!」
俺は朝の光を浴びてトランクを片手に宿を出た。
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